「20分後に42%忘れる」は原典に無い——エビングハウスの忘却曲線を1885年まで辿った
忘却曲線の実験に参加したのは、著者本人1人でした
復習の話になると、必ずあの曲線が出てくる
勉強法の本を開くと、高い確率で「エビングハウスの忘却曲線」が出てきます。右肩下がりのグラフに「20分後には42%忘れる」「1日後には74%忘れる」という数字が添えられ、「だから復習が大事」と続く。あの図を見て、覚えたそばから消えていく自分の記憶にため息をついた人は多いはずです。
でも、あの数字の出どころを確かめた人は、ほとんどいません。今回、1885年の原典(の英訳の公開全文)まで辿ってみました。
「忘却曲線」の実験に参加したのは、著者本人1人でした
1885年の原典で実験台になったのは、著者のエビングハウス本人、ただ1人です。1879〜80年と1883〜84年の2つの期間、自分で自分を測りました。
覚えたのは、資格のテキストでも英単語でもありません。「子音+母音+子音」でできた意味のない3文字の綴りです。約2,300個の在庫から無作為に選んだ系列を、毎分150拍のメトロノームに合わせて音読し、淀みなく暗唱できるまで反復しました。
そして肝心の縦軸。あのグラフが測っているのは「覚えている量」ではなく、節約率(一度覚えたものを覚え直すとき、最初より手間が何%減ったか)です。「20分後に42%忘れる」という言い方は、原典のどこにもありません。
研究では何がわかっているのか
原典(Chapter VII)に載っている数値は、次のような節約率です。
- 約20分後: 58.2%
- 1時間後: 44.2%
- 1日後: 33.7%
- 6日後: 25.4%
- 31日後: 21.1%
「忘却は最初が非常に速く、最後は非常に遅い」——この曲線の形が、原典の発見です。
世間に広まった数字と突き合わせると、ズレが見えてきます。「20分後に42%」は、節約率58.2%を 100−58.2=41.8 と裏返して「忘れた量」に読み替えたもの。覚え直しの手間の減りと、覚えている量は、別の指標です。さらに「1日後に74%」に至っては、100−節約率で計算しても1日後は66.3。74.6に相当するのは6日後(節約率25.4%)で、どの時点の原典数値とも合いません。
もう1つ、原典自身が書いている大事な限定があります。エビングハウスは、意味のある材料——バイロンの詩の一節、約80音節——なら9回に満たない反復で覚えられたのに対し、同じ長さの無意味綴りなら70〜80回必要と見積もり、「(意味などの)結びつきがある場合、必要量は約10分の1に減った」と記しています(Section 21)。つまり「この数字は意味のない綴りの話で、意味のある教材には当てはまらない」と、130年前に本人が先回りして書いていたのです。
間違っていたのは原典ではなく、原典を読まずに数字だけが伝言ゲームで運ばれてきた経路のほうでした。
では、曲線そのものは本物なのか。2015年に再現研究があります(Murre & Dros, PLOS ONE)。被験者は第二著者である22歳のオランダ人男性1人。原典と同じ無意味綴りを、約70時間かけて学習しました。結果、「最初に急落し、その後なだらか」という曲線の形は再現され、著者らは「確かに再現された」と結論しています。ただし個々の数値はずれました。20分後の節約率は44.2%で、原典の58.2%よりかなり低い値です。
参加者を改めて確認しておきます。原典は19世紀のドイツ人学者本人1人、再現は22歳のオランダ人男性1人。合わせても2人で、課題はどちらも意味のない綴りの暗記です。あなたの簿記や宅建のテキストではありません。
ただし、ここまでは言えません
- 「あなたの勉強内容も1日で6割消える」とは言えません。 原典の数値は、無意味綴りをn=1で測ったものです。意味のある材料なら手間は約10分の1と原典自身が書いており、数値をそのまま資格勉強に持ち込むことはできません
- 「復習すると曲線がリセットされる」あの複数曲線の図が原典にある、とは言えません。 今回確認した範囲(英訳 Chapter VII)に、あの図や数値は見当たりませんでした。原典にあるのは1本の保持曲線と対数式だけです
- 逆に「忘却曲線はデマ」とも言えません。 曲線の形は2015年に再現されています。壊れたのは「42%」「74%」という数字の一人歩きであって、「最初に速く忘れ、その後ゆっくりになる」という形自体は残りました
- 最適な復習タイミングは、原典からは何も出てきません。 よく根拠に引かれるのは2008年の大規模実験(1,350人超、トリビア的知識の学習)のほうで、こちらは別の記事で改めて扱います
今夜からの生かし方
研究の話はここまで。ここからは提案です。
- 「42%」「74%」という数字は、勉強計画の根拠から外す。 数字を信じて「20分以内に復習しなきゃ」と焦る必要はありません。原典が支持するのは数値ではなく「最初に速く忘れる」という形だけです
- 形のほうは使う。 今日覚えた範囲を、明日の朝に1回だけ思い出してみる。急落が最初に来るなら、最初の1回目の復習が最も減りを食い止める位置にあります。まず「翌朝の1回」をカレンダーに入れてください
- 丸暗記の項目とそれ以外で、復習の頻度を変えてみる。 原典の数字が出たのは意味のない綴りです。語呂合わせでしか覚えられない番号や英単語は手厚く、理屈でつながる分野は軽く。2週間試して、過去問の正答率で前後を比べてください
- 暗記物は「読み直す」のではなく「覚え直せるか試す」。 原典が測っていたのは再学習の手間でした。テキストを眺めるのではなく、閉じて暗唱できるか試すほうが、原典の実験に近い行為です
- 教材の図に「42%」と書いてあっても、その本を捨てる必要はありません。 数字の経路が切れているだけで、「復習は早めに1回」という実務上の助言まで壊れたわけではないからです
気をつけたいこと
この記事は「エビングハウスは間違っていた」という話ではありません。原典は、被験者が自分1人であることも、意味のある材料なら話が変わることも、正直に書いています。壊れていたのは引用の経路です。そして、忘却曲線を載せている教材の書き手も、多くは孫引きの孫引きを善意で信じただけでしょう。誰かを責めるための材料ではなく、一次情報を確かめる練習台として使ってください。
また、この記事の数値も「n=1の実験が2本」の上に立っています。あなたの忘れ方がこの曲線の通りである保証は、どこにもありません。
まとめ(3行)
- 忘却曲線の原典(1885年)の被験者は著者本人1人。測ったのは「忘れた量」ではなく「覚え直しの手間の節約率」で、「20分後に42%」「1日後に74%」という言い方は原典に無い
- 曲線の形(最初に急落、その後なだらか)は2015年にn=1で再現された。ただし数値はずれ、課題はどちらも無意味綴り
- 原典自身が「意味のある材料なら手間は約10分の1」と書いている。数字ではなく形を使い、最初の復習を早めに1回入れるのが、原典から言える範囲
この記事では答えを出せなかったこと
では、最初の復習は具体的に「いつ」入れるのが一番いいのか。この記事の範囲では答えられません。手がかりになりそうな2008年の大規模実験(最適な復習間隔は、テストまでの期間のおよそ5〜20%という報告)は、全文を確認したうえで別の記事で扱います。気になる方は質問を送ってください。次に調べるテーマの参考にします。
参考文献
- Ebbinghaus H. Über das Gedächtnis. 1885.(英訳: Ruger HA, Bussenius CE 訳. Memory: A Contribution to Experimental Psychology. Teachers College, Columbia University. 1913. https://psychclassics.yorku.ca/Ebbinghaus/ )
- Murre JMJ, Dros J. Replication and Analysis of Ebbinghaus' Forgetting Curve. PLOS ONE. 2015;10(7):e0120644. (DOI: 10.1371/journal.pone.0120644 / PMID: 26148023)
- Cepeda NJ, Vul E, Rohrer D, Wixted JT, Pashler H. Spacing effects in learning: A temporal ridgeline of optimal retention. Psychological Science. 2008;19(11):1095-1102.(本記事では要旨のみ確認。全文確認のうえ別記事で扱う予定)